SUMMARY

東インド会社とは、17世紀初めにヨーロッパ諸国が設立した、アジア貿易を独占的に担う特許会社である。

オランダ・英国・フランスがそれぞれ会社を設立して競い合った。

日本と直接の貿易関係を持った東インド会社には英国東インド会社もあったが、鎖国体制下で長期に出島貿易を担ったのはオランダ東インド会社であった。

東インド会社とは

東インド会社(ひがしインドがいしゃ)とは、17世紀初めにヨーロッパ諸国が設立した、アジア貿易を独占的に担う特許会社(国から特別な権利を与えられた会社)である。

オランダ・英国・フランスなど複数の国がそれぞれ東インド会社を設立し、香辛料や絹織物などアジアの産物をヨーロッパへ運ぶ貿易を競い合った。

これらの会社は、単なる貿易商社にとどまらず、軍隊を持ち、条約を結び、時には現地の統治にまで関わるなど、国家に近い性格をあわせ持っていた。

オランダ東インド会社

1602年、オランダは東インド会社(VOC)を設立した。

この会社は、株式を発行して広く出資者から資金を集めるしくみを採用しており、世界最初期の株式会社の一つとされる。

オランダ東インド会社は、現在のインドネシアにあたる地域のバタヴィアを拠点とし、香辛料貿易を中心にアジアで大きな勢力を築いた。

日本との関係では、1641年以降、長崎の出島を通じて日本と貿易を行うことを許された唯一のヨーロッパの会社となった。

英国東インド会社

1600年、英国は東インド会社を設立し、アジア貿易に乗り出した。

当初は東南アジアでの香辛料貿易を目指したが、オランダとの競争に敗れたため、次第にインドでの活動に重点を移した。

英国東インド会社は、インドの各地に商館を設け、次第に軍事力を強めて、現地の統治にも関わるようになった。

18世紀半ば以降、英国東インド会社はインドの広い地域を実質的に支配する存在となり、19世紀にはインド統治の中心的な役割を担った。

日本に対しては、1613年に平戸に商館を開いたが、オランダとの競争に利益を上げられず、1623年に商館を閉じて撤退した。

フランス東インド会社

1664年、フランスの財務大臣コルベールの主導により、フランス東インド会社が設立された。

フランス東インド会社は、主にインドを舞台に英国東インド会社と貿易上・軍事上の競争を繰り広げた。

18世紀の戦争を経て、フランスはインドにおける勢力を大きく後退させ、フランス東インド会社の活動も縮小していった。

フランス東インド会社は日本との直接の貿易関係を持たず、日本との関わりはオランダ・英国の会社に比べて限定的であった。

東インド会社と日本

日本と直接の貿易関係を築いた東インド会社には、英国東インド会社とオランダ東インド会社があった。

ただし英国東インド会社は短期間の商館経営にとどまり、フランス東インド会社は日本との貿易を行わなかった。

結果として、鎖国下の日本にとってヨーロッパとの窓口は、長くオランダ東インド会社が独占する形となった。

歴史的意義

東インド会社の歴史的意義は、貿易・軍事・統治を兼ね備えた特許会社という形で、ヨーロッパ諸国のアジア貿易の広がりを進めた点にある。

株式会社のしくみを整えたオランダ東インド会社、インドの統治にまで関わった英国東インド会社、フランスとの競争の中で後退したフランス東インド会社は、それぞれ異なる展開をたどった。

東インド会社の歴史を通して、近世ヨーロッパの貿易拡大が、単なる商業活動にとどまらず、国家的な競争と結びついていたことを理解することができる。