新石器時代は、磨製石器の普及や農耕・牧畜、定住生活、土器の使用などが地域に応じて現れた、世界史上の時代区分である。
石器時代を、打製石器の旧石器時代と磨製石器の新石器時代に分ける考え方の一段階にあたる。
西アジアなどでは、この時期に農耕・牧畜が始まり、人々が定住して村をつくった(新石器革命)。
日本列島では、土器や磨製石器を用いながらも採集・狩猟・漁労を続けた縄文時代が、これにほぼ対応する。
石器時代の区分と新石器時代
人類の歴史を道具の材質によって石器時代・青銅器時代・鉄器時代に分ける考え方を、三時代区分法という。
このうち石器時代は、さらに打製石器を主に用いた旧石器時代と、磨製石器が広く使われた新石器時代に分けられる。
両者の間に、中石器時代(ちゅうせっきじだい)を置く区分もある。
新石器時代は石器時代の最も新しい段階にあたり、農耕や牧畜の開始と重なることが多い。
こうした区分は、19世紀のヨーロッパで考古学が発達するなかで整えられたものである。
磨製石器と土器の登場
新石器時代を特徴づける道具が、表面を磨いて仕上げた磨製石器である。
石を打ち欠くだけの旧石器時代の打製石器に対し、磨製石器は刃が整い、石斧(せきふ)として木の伐採や加工に役立った。
また、この時代には、粘土を焼いてつくる土器が広く使われるようになった。
土器の使用によって、食物を煮炊きしたり、たくわえたりすることが可能になった。
これらの道具は、定住的な暮らしを支える基盤となった。
農耕・牧畜の始まりと新石器革命
西アジアでは、この時代に麦などの栽培と、ヒツジやヤギなどの家畜の飼育が始まった。
食料を自分たちで生産する経済への移り変わりは、人類史上の大きな転換であった。
この変化を、新石器革命(しんせっきかくめい)と呼ぶことがある。
食料生産が安定すると人口が増え、人々は定住して村をつくるようになった。
やがて、たくわえられた生産物や分業を背景に、より大きな社会が生まれる土台が整っていった。
日本列島と新石器時代(縄文時代)
日本列島では、新石器時代に対応する時期を、ふつう縄文時代(じょうもんじだい)と呼ぶ。
縄文時代には、縄目の文様をもつ縄文土器や、磨製石器が用いられた。
これは、土器や磨製石器を使うという点で、世界の新石器時代と共通する特徴である。
一方で、縄文時代の人々の暮らしは、農耕を中心とせず、採集・狩猟・漁労が基本であった。
このため日本史では、西アジアやヨーロッパの新石器時代とは性格が異なるとして、新石器時代よりも縄文時代という呼び方が一般に用いられる。
用語としての注意
新石器時代は、もともと世界史で用いられてきた時代区分の用語である。
日本史の教科書では、旧石器時代の次の時期を縄文時代として説明することが多い。
縄文時代を「日本の新石器時代」と位置づける見方もあるが、農耕の有無などをめぐって、その性格には議論がある。
どの枠組みでとらえるかによって、同じ時期でも呼び方や強調する点が変わることに注意したい。
旧石器時代から縄文時代への移り変わりは、気候の温暖化とともに進んだと考えられている。