海賊取締令とは、1588年に豊臣秀吉が出した、海上での海賊行為を禁じた法令である。
同年の刀狩令と対をなし、海の武力を国家が管理しようとした。
バテレン追放令とあわせ、海の秩序を統制する政策の一つであった。
海賊取締令とは
海賊取締令(かいぞくとりしまりれい)とは、1588年に豊臣秀吉が出した、海上での海賊行為を禁じた法令である。
同じ年に出された刀狩令(かたながりれい、農民から武器を取り上げる法令)と並んで、社会の秩序を整え、人々の身分や役割を定めていく政策の一つであった。
背景
中世の日本の沿岸では、各地の海の武士や漁民が船で武力を持ち、通行する船から通行料を取ったり、ときに略奪を行ったりすることがあった。
また、東アジアの海では倭寇(わこう、海賊的な行為を行った武装集団)が活動し、貿易の秩序を乱す要因となっていた。
全国統一を進める秀吉にとって、こうした海上の無秩序を抑えることは重要な課題であった。
発令
1588年、秀吉は海賊取締令を出し、海の上での海賊行為を厳しく禁じた。
そして、船を持つ者たちに対し、今後は海賊をしないという誓いを立てさせ、大名にその監督を命じた。
内容
この法令では、海の武士や漁民が勝手に武力を用いて略奪を行うことを禁じた。
海に関わる人々は、大名の支配のもとに組み込まれ、水軍(すいぐん、海上の軍事力)として大名に仕えるか、漁業や海運といった生業に専念するように定められていった。
意義
海賊取締令は、陸の刀狩令と対をなす形で、海の上での武力を国家が管理しようとしたものである。
これによって海の秩序が整えられ、大名による支配が沿岸部にもおよぶようになった。
同じころに出されたバテレン追放令とあわせて、秀吉が対外関係や海の秩序を国家として統制しようとしていたことを示す政策である。