日本国憲法は、1946年11月3日に公布され、1947年5月3日に施行された憲法である。
占領下でGHQ草案をもとに日本政府が案を作り、帝国議会の審議と修正を経て成立した。
国民主権、基本的人権の尊重、平和主義を基本原理とし、戦後の政治と社会の制度を支える基礎となった。
日本国憲法とは
日本国憲法は、国の政治のしくみと人々の権利を定める憲法である。
憲法に反する法律などは効力を持たないという、国の最高法規に位置づけられている(第98条)。
1946年(昭和21年)11月3日に公布され、1947年(昭和22年)5月3日に施行された。
公布は成立した憲法を国民に知らせること、施行はその効力が生じることであり、二つの日付は区別する必要がある。
背景―敗戦と憲法改正
1945年8月、日本はポツダム宣言を受け入れ、連合国による占領下に置かれた。
宣言は民主主義の強化や基本的人権の尊重を求めており、天皇を統治の中心とする大日本帝国憲法(明治憲法)の見直しが課題となった。
幣原喜重郎(しではらきじゅうろう)内閣は、松本烝治(まつもとじょうじ)を委員長とする憲法問題調査委員会を設けた。
しかし、政府が用意した改正案は旧憲法の基本的なしくみを維持するもので、占領改革を進める連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の同意を得られなかった。
一方、国内では民間団体や政党も草案を発表した。
憲法研究会の案は主権在民や男女平等などを掲げ、GHQも関心を寄せた。
GHQ草案から公布・施行へ
1946年2月13日、GHQは日本政府の案を退け、自ら作成した草案を提示した。
政府はこれをもとにGHQと協議し、3月6日に憲法改正草案要綱、4月17日に口語体の憲法改正草案を公表した。
同年4月10日には、女性が初めて投票に参加する衆議院総選挙が行われた。
吉田茂内閣は6月、帝国憲法改正案を帝国議会に提出した。
手続きとしては、大日本帝国憲法第73条による改正の形をとった。
衆議院と貴族院での審議では修正が加えられ、衆議院では第25条第1項となる生存権の規定が追加された。
10月に議会での議決を終え、枢密院(天皇の諮問機関)の審査と天皇の裁可(承認)を経て、11月3日に公布された。
図1は主要な段階を示したものである。
公布から施行までの6か月には、関連する法律や新しい議会の準備が進められた。
制定過程を理解するには、GHQの強い関与と、日本政府・帝国議会による協議や修正の両方を見る必要がある。
三つの基本原理
国民主権
国の政治のあり方を最終的に決める権力が、国民にあるという原理である。
前文と第1条に示され、天皇は日本国と日本国民統合の象徴とされた。
天皇は国政を決定する権能を持たず、国民が選んだ代表者を通じて政治を行うしくみとなった。
基本的人権の尊重
人が生まれながらに持つ権利を保障する原理である。
第11条で基本的人権を侵すことのできない権利として保障し、第14条以降では法の下の平等や思想・信教・表現の自由などを定めた。
生存権(健康で文化的な最低限度の生活を営む権利)や教育を受ける権利、労働者の権利など、生活を支える社会権も規定された。
旧憲法にも権利の規定はあったが、言論などの自由は法律の範囲内に限られていた。
新憲法では法律も憲法の人権保障に従う。
一方、第12・13条などに公共の福祉に関する規定があり、権利を無制限に行使できるとしたわけではない。
平和主義
前文は恒久の平和を目指す姿勢を示している。
第9条第1項は国際紛争を解決する手段としての戦争や武力による威嚇・武力の行使を放棄し、第2項は戦力を保持しないことと、国の交戦権を認めないことを定めた。
大日本帝国憲法との違い
| 観点 | 大日本帝国憲法 | 日本国憲法 |
|---|---|---|
| 主権 | 天皇が統治権を総攬(まとめて持つ) | 主権は国民にあり、天皇は象徴 |
| 人権 | 臣民の権利。言論などは法律の範囲内 | 基本的人権を保障。法律も憲法に従う |
| 議会 | 貴族院と衆議院。天皇の立法に協賛(同意) | 衆議院と参議院。両院とも公選議員 |
| 内閣 | 国務大臣が天皇を補佐し、責任を負う | 内閣が国会に対して連帯責任を負う |
| 軍事 | 天皇に陸海軍の統帥権(指揮権)や宣戦などの権限 | 第9条に戦争放棄・戦力不保持などを規定 |
表1は条文上の制度を比較したものである。
旧憲法の「臣民」は、天皇に統治される国民を指す。
旧憲法下でも議会の議決や大臣の補佐が必要であり、天皇があらゆる政治判断を単独で行ったという意味ではない。
戦後の政治と社会への影響
新憲法では、立法を国会、行政を内閣、司法を裁判所が担うしくみが定められた。
国会が内閣総理大臣を指名し、内閣が国会に責任を負う議院内閣制が明記された。
地方自治も憲法上の制度となった。
施行に向けて国会法・内閣法・裁判所法・地方自治法などが整えられ、民法も憲法の内容に合わせて改正された。
国民主権や人権保障を、具体的な政治や生活の制度へ反映する作業が進んだのである。
まとめ
日本国憲法の制定は、占領下の憲法改正を通じて、国の統治の原理を国民主権へ転換した出来事である。
公布と施行の日付に加え、制定に関わった主体と、三つの基本原理が制度をどう変えたかを確かめることで、戦後改革とのつながりを理解できる。