昭和恐慌は、1930年から1931年ごろに日本を襲った不況である。
世界恐慌と金解禁が重なり、輸出不振、物価下落、失業、農村不況が広がった。
金輸出再禁止と高橋財政で景気は回復に向かったが、政治不信と軍部の発言力拡大にもつながった。
背景
昭和恐慌とは、1930年から1931年ごろに日本経済を大きく揺さぶった不況である。
背景には、1929年にアメリカで始まった世界恐慌と、日本国内の金解禁政策があった。
日本は第一次世界大戦後の不況、関東大震災後の震災恐慌、金融恐慌を経験しており、経済はすでに不安定だった。
そのなかで浜口雄幸内閣の井上準之助蔵相は、1930年に金解禁を実施した。
金解禁とデフレ
金解禁とは、金本位制に復帰し、円と金の交換を再び認める政策である。
政府は国際信用を回復し、財政を引き締めることを目指した。
しかし、旧平価での金解禁は円高を招き、輸出を不利にした。
さらに緊縮財政によって国内需要も縮小し、物価や賃金が下がるデフレが進んだ。
生糸などの輸出品価格も下落し、農村や中小企業に大きな打撃を与えた。
社会への影響
昭和恐慌では、企業の倒産や失業が増え、農村では米価や繭価の下落に苦しむ家が多くなった。
都市でも賃下げや解雇が広がり、生活不安が強まった。
政党内閣は不況への対応をめぐって批判を受け、政治への不信が広がった。
1931年、犬養毅内閣の高橋是清蔵相は金輸出を再び禁止し、積極財政へ転じた。
これにより景気は回復に向かったが、軍事費の拡大も進むことになった。
意義
昭和恐慌は、経済危機が政治や社会の不安と結びついた出来事である。
不況への不満は、満州事変以後の軍部の発言力拡大とも重なっていった。
受験では、世界恐慌、金解禁、昭和恐慌、金輸出再禁止、高橋財政という流れを整理することが大切である。
明治期の松方財政や戦後の高度成長と比べると、日本経済が国際環境に左右される姿も見えてくる。