SUMMARY

朱印船とは、幕府の渡航許可の朱印状を受けて海外へ渡り貿易を行った船である。

江戸時代初め、安南・シャム・ルソンなど東南アジアへ向かった。

西国大名や豪商が担い、渡航先には日本町も生まれた。

朱印船とは

朱印船(しゅいんせん)とは、幕府が発給した渡航許可の朱印状を受けて、海外へ渡り貿易を行った船のことである。

おもに江戸時代の初め、東南アジアの各地へ向かった日本の貿易船を指す。

朱印状を得た船

海外へ渡ろうとする者は、まず幕府に願い出て朱印状を受け取り、その許可を得た船が朱印船となった。

朱印状を持つことで、その船は幕府に正式に認められた貿易船とみなされ、渡航先の国でも保護を受けやすかった。

これによる貿易は朱印船貿易と呼ばれ、17世紀の初めにさかんに行われた。

渡航先と担い手

朱印船が向かった先は、安南(あんなん、現在のベトナム)、シャム(現在のタイ)、ルソン(現在のフィリピン)、カンボジアなど、東南アジアの各地であった。

朱印船を送り出したのは、西日本の大名のほか、京都・長崎・堺などの有力な商人たちであった。

角倉了以(すみのくらりょうい)や茶屋四郎次郎(ちゃやしろうじろう)といった豪商のほか、日本に来ていた外国人が朱印船にたずさわることもあった。

日本町

朱印船がたびたび訪れた東南アジアの港には、日本人が移り住んでつくった日本町(にほんまち)と呼ばれる集落があらわれた。

とくにシャムのアユタヤには大きな日本町ができ、山田長政(やまだながまさ)のように現地で活躍した人物も知られている。

朱印船の終わり

17世紀の前半、江戸幕府はキリスト教の禁止と貿易の統制を強め、日本人が海外へ渡ることや帰国することを禁じていった。

1635年には日本人の海外渡航と帰国が全面的に禁じられ、これによって朱印船による海外渡航は終わりを迎えた。