ルイス=フロイスとは、ポルトガル出身のイエズス会宣教師である。
戦国から安土桃山にかけての日本に長く滞在し、織田信長らと接した。
布教のかたわら『日本史』を著し、当時の日本を伝える貴重な史料を残した。
ルイス=フロイスとは
ルイス=フロイス(1532〜1597)とは、ポルトガル出身のイエズス会宣教師(せんきょうし、布教のために派遣される聖職者)である。
戦国時代から安土桃山時代にかけての日本に長く滞在し、布教のかたわら日本の様子をくわしく書き残したことで知られる。
来日と布教
フロイスは若くしてイエズス会に入り、インドのゴアなどを経て、1563年に来日した。
京都や近畿地方を中心に布教を行い、日本語や日本の習慣を学びながら、宣教師として活動した。
当時の日本は各地の大名が争う戦国の世であり、布教は容易ではなかったが、フロイスは粘り強く活動を続けた。
織田信長との交流
フロイスは、天下統一を進めていた織田信長と何度も面会し、その信頼を得た。
信長は仏教勢力と対立する一方で、キリスト教の布教を認め、フロイスら宣教師の活動を許した。
フロイスは、信長の人物像やその政治のようすを間近で観察し、くわしい記録として書き残した。
『日本史』の執筆
フロイスは、日本での布教の記録として『日本史』(にほんし)と呼ばれる大部の書物を書き残した。
そこには、当時の政治や戦乱のようす、人々の暮らしや風習が、ヨーロッパ人の目から見た形でくわしく記されている。
信長や豊臣秀吉の様子を伝える貴重な史料として、現在の歴史研究でも参照されている。
豊臣秀吉の時代と晩年
信長の死後、天下を継いだ豊臣秀吉ははじめキリスト教に寛容であったが、1587年にバテレン追放令を出し、宣教師の活動を制限するようになった。
こうした情勢の変化の中でも、フロイスは日本にとどまって活動を続けた。
1597年、長崎で亡くなるまで、フロイスは生涯の多くを日本での布教と記録にささげた。
歴史的意義
ルイス=フロイスが残した記録は、戦国から安土桃山にかけての日本を、外国人の視点から具体的に伝える数少ない史料である。
日本とヨーロッパの出会いを今に伝える人物として、フロイスは重要な位置を占めている。