イエズス会とは、16世紀にヨーロッパで結成されたカトリック教会の修道会である。
海外布教に力を入れ、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師たちもこの会に属していた。
南蛮貿易と結びつきながら西日本を中心に広がった。
イエズス会とは
イエズス会(イエズスかい)とは、16世紀の半ばにヨーロッパで結成されたカトリック教会の修道会(しゅうどうかい、共同で信仰生活を送る組織)の一つである。
教育と海外布教(かいがいふきょう、外国へ出かけてキリスト教を広める活動)に力を入れたことで知られ、日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師(せんきょうし、布教のために派遣される聖職者)たちもこの会に属していた。
成立の背景
16世紀のヨーロッパでは、教会のあり方をめぐって宗教改革(しゅうきょうかいかく)が起こり、カトリック教会から分かれてプロテスタントと呼ばれる新しい教派が広がっていた。
これに対してカトリック教会の側でも立て直しの動きが進み、その中で1534年、イグナティウス=ロヨラらによってイエズス会が結成された。
イエズス会は、失われた信者をヨーロッパ以外の地域での布教によって補おうとし、アジアや南北アメリカへ積極的に宣教師を送り出した。
アジアと日本への布教
イエズス会の宣教師は、当時アジアへの航路を開いていたポルトガルやスペインの海外進出とともに東方へと広がっていった。
1549年、イエズス会の創設メンバーの一人であるフランシスコ=ザビエルが鹿児島に上陸し、日本に初めてキリスト教を伝えた。
ザビエルは日本の各地をめぐって布教を行い、そのあとも多くの宣教師が来日した。
日本での布教活動
宣教師たちは布教とあわせて、学校や病院、貧しい人々を救う施設をつくるなど、社会的な活動も行った。
信者となった人々はキリシタンと呼ばれ、西日本を中心に増えていった。
大名の中にもキリスト教の洗礼を受ける者があらわれ、こうした大名はキリシタン大名(キリシタンだいみょう)と呼ばれた。
織田・豊臣政権との関わり
宣教師の一人であるルイス=フロイスは、織田信長と親しく接し、その言動を記録に残した。
信長は仏教勢力と対立する一方で、キリスト教の布教を認める姿勢を示した。
しかし豊臣秀吉の時代になると、1587年にバテレン追放令が出され、宣教師の活動は次第に制限されるようになった。
影響と意義
イエズス会の布教は、キリスト教だけでなく、ヨーロッパの学問や技術、文化を日本に伝えるきっかけともなった。
南蛮貿易(なんばんぼうえき、ポルトガル・スペインとの貿易)と結びつきながら広がったキリスト教は、やがて江戸幕府によって厳しく禁じられていくが、この時代の東西交流を語るうえで欠かせない存在である。